狂おしいほど惹かれてく(短編集)
「知らないんですか、アイさん。今日三月二十五日は、聖母マリアが大天使ガブリエルから受胎告知をされた日なのです」
「……わたし一応仏教徒なので……」
「仏教徒でも、ここまで言えば分かるでしょう。今日僕がここに来た理由を」
「……皆目見当もつきません」
嘘だ。フランシスさんがここに来た理由は分かっている。でもここで頷いてしまえば、エスコートされるままベッドインしてしまうかもしれない。
簡単にそんなことをするべきではないというのは、寝起きの頭でもよく分かる。
そんなわたしの気も知らず、フランシスさんは身振り手振りを交えて演説を始めてしまった。
「アイさん、よく考えてみてください。今日は三月二十五日。聖母が受胎告知をされた日なんて、男女が愛し合う日に持ってこいです!」
「はあ……」
「日本ではクリスマスにバレンタインデー、ホワイトデーまでイベントで盛り上がって、最近ではハロウィンに仮装パレードまでするのに! どうしてこの良き日は無視されてしまうのか。アイさんは疑問に思ったことはないですか?」
「フランシスさん、ちょっと声を抑えてください。深夜ですよ」
「世界の文化を取り入れるのは素晴らしい。だからこそ、受胎告知も大々的なイベントにすべきだと僕は思うのです。そうすれば少子化だって止めることができるかもしれない」
「はあ、はい……」
悪い人では絶対にない。仕事でもプライベートでも完璧超人。
みんながフランシスさんに憧れ、尊敬し、恋い焦がれているのと同じように、わたしも彼に憧れ、尊敬し、恋い焦がれている。
だからこそ困る。「恋人同士」ではなく「上司と部下」という立場で関係を持つわけにはいかない。
ずっと前から憧れているひとと一夜限りの関係を結んでしまうほど、わたしも若くはない。関係を持つなら結婚を見据えて、なんてフランシスさんに言うつもりはないけれど、せめてちゃんと手順を踏みたい。
というか、こんなに完璧超人なのに、どうして普通にアプローチしてくれなかったんだ。どうして深夜に部屋にやって来て、身体の関係を迫るなんて暴挙に出たんだ……。
普通にアプローチしてくれたら、それに応える気はあるというのに……。