狂おしいほど惹かれてく(短編集)
「……フランシスさんは、わたしとしたいんですか?」
「えっ……? ええ?」
「それとも、女性なら誰でも良いんですか?」
「だ、誰でも良いわけがないです! アイさんだからしたいんです! 僕の身体を触って確かめてくれたら、分かると思います……!」
尊敬する上司の口から、とんでもないレベルのセクハラ発言が飛び出した。普段の姿からは想像もできないような言葉だった。むしろ一生想像したくないレベルの発言だった。
「遠慮せずに触ってください!」と両手を広げて促すセクハラ上司。やっぱり会社での姿は偽りで、こっちが本当の姿なのだろうか……。
「触りません、手を下ろしてボタンを留めてジャケットを着て、ちゃんと座ってください」
置かれたジャケットを拾って差し出すと、フランシスさんは上品な所作でそれを羽織った。ああ、どうしてこういうところは完璧なんだ……。
「……わたしとするためにフランシスさんがここに来たというのは分かりました」
「それなら、」
「それならまず、言うべきことがあるのではないでしょうか……」
「あれ、言っていませんでした?」
「言われてません……」
「じゃあ、改めて」
ごほん、と咳払いをして、フランシスさんは姿勢を正す。つられてわたしも姿勢を正し、その言葉を待つ、と。
「アイさん」
「はい」
「性交をしましょう」
「……はい?」
「あれ、違いました?」
「……っ、……っ、……、……」
言葉にならない。なんだか一瞬で眠気がやって来てしまった。
わたしが欲しかったのは、こんなにどストレートな言葉ではないのだけれど。そもそもこのひとがわたしを好きかなんて、分からないじゃないか。
このひとは今夜、わたしと関係を持つためにやって来た。けれどわたしが好きだとは限らない。関係を持つだけなら、気持ちがなくたってできる。
今の今まで、フランシスさんにそんな素振りはなかったのだから、気持ちがあるとは限らないのだ。