狂おしいほど惹かれてく(短編集)
「ちょ、ちょっと待ってください、やり直します!」
「やり直さなくていいので、もう寝かせてください……」
「僕が言いたいのは、faire l'amourということで、」
「すみません、フランス語は分かりません……」
「つまりアイさんと一緒にベッドに入りたい、アイさんの服を脱がせて、その白い肌に舌を這わせたいのです!」
ああ、夜中に大声で何を言っているのだこのひとは……。
「それに僕の姓、ミィシェーレは、大天使ミカエルが由来なのです。受胎告知にはぴったりではありませんか!」
「……」
「絶対に気持ち良くしますから! 時間も時間ですし、一緒にベッドに入りましょう!」
そしてこれだけ大声で演説をしても、求めている言葉が出てこないなんて。正解がないなんて……。
それに大天使ミカエルが由来だとしても、受胎告知は大天使ガブリエルがおこなったこと。ミカエルは関係ないのでは……。
「分かってくれましたか?」
「いえ、全く分かりません」
「それは……困りましたねぇ……」
困ったのはこっちだ。やっぱり言葉に固執し過ぎなのだろうか。
憧れの上司がわたしなんかと一夜を共にしたいと言うのなら、素直に従ってみるべきか……。いや、やっぱり恋人同士でもないのに関係を持つのはいけない。今まで身体から始めた恋愛で何度痛い目を見たことか……。
フランシスさんは美しい顔を歪め、腕組みをして考え込む。仕事中でも見たことがないような困った顔だった。
数分間そうして考え込んだけれど、結局答えは見つからなかったのか、深く息を吐いて「すみませんでした」と呟いた。
それを見たら、物凄く悪いことをしてしまった、という気持ちになった。わたしが言葉に拘っているせいで、フランシスさんの美しい顔を歪めさせてしまった、と。