狂おしいほど惹かれてく(短編集)
「……わたしの方こそ、すみません」
罪悪感に耐え切れず謝罪すると、フランシスさんは困った顔のまま首を横に振る。
「……僕は日本に来る前に、必死に日本語の勉強をしました。しかし日本語はとても難しい。若者が使う言葉もあれば敬語もある。同じ音の単語でも意味が異なるものがいくつもある。覚えることはたくさんあるのに、時間は足りない。だから僕は、よく使うであろう言葉や敬語を優先して覚えました」
ああ、だからフランシスさんはいつも、誰に対しても敬語だったのか。おかげでその美貌がより一層引き立っているのだけれど。
「こちらで生活するうち、日本にも馴染んできました。ですがまだ、充分ではなかったようですね」
「はあ、はい……?」
「父に、本当に好きなら一年待て、と教わりました。今日で丸一年。しかもその日が受胎告知の日なら、叶うのではないかと思ったのですが」
「はあ、はいぃ?」
「思い返せばこの一年、アイさんは僕の誘いを受けてはくれませんでしたし、僕の気持ちは届いていなかったようです」
いやいやいや。待て待て待て。フランシスさんが一体いつ、わたしを誘っていた? いつアプローチをした? どんな気持ちで、どう接していたって?
「ですが今夜でよく分かりました。まだ時間が足りていないようですので、僕はまた一年、」
「ちょ、ちょっと待ってくださいフランシスさん、状況を整理させてください。わたしはアプローチされた覚えはないんですが」
自己完結させようとする上司を制止し、姿勢を正す。どうにかこの混乱した状況を整理しなければ。ただでさえ外国人上司が深夜に部屋にやって来て受胎告知をする、なんて意味不明な状況だというのに……。ああ、頭が痛い。あと物凄く眠い。