狂おしいほど惹かれてく(短編集)
201:ずぼらハンバーグ
【ずぼらハンバーグ】
幾分緊張して、鍵を鍵穴に差し込んだ。
がちゃり、と鍵が開く音が聞こえると、ますます緊張した。
築三十年になるという木造アパートの二階、201号室。この部屋の鍵を開けるのは、初めてのことだった。
この部屋の主――由加と付き合い始めてそろそろ一年。つい先日、合鍵をもらう運びとなった。
由加は会社員で暦通りに働いているけれど、おれはわりと不規則な仕事をしているから、時間が合わないときは本当に合わない。会う時間も限られてしまうし、これじゃあ順調に愛を育むことができない、と危機感を覚え、お互いの部屋の合鍵を交換したのだ。
これなら好きな時間に部屋に行って、帰りを待つことができる。時間の関係で、ほんの数分の対面になったとしても、簡単に会うことができないおれたちにとっては大事な数分になるだろう。
実際由加は合鍵を使って何度かおれの部屋に来てくれて、夜食を残して行ってくれたり、出しっぱなしの洗濯物をたたんでくれたり。本当にありがたかったから、今日はそのお返しとして、おれが。由加のために夕飯を作りに来たのだ。
玄関横の電気を点けると、由加が住む1Kの室内が照らし出された。
学生時代から住んでいるというこのアパートには、デート帰りに何度もお邪魔しているけれど、普段は綺麗に片付けられていて、余計な物が出ていないすっきりした部屋の印象を受けた。
でも今日はいつもとは違う。今朝飲んだのか、キッチン台にコーヒーサーバーが置きっぱなしになっている。ドリッパーにはフィルターが、フィルターの中にはコーヒー粉のかすが入ったままだ。
キッチンの奥、八畳ほどの部屋に足を踏み入れると、テーブルの上には飲みかけコーヒーが置いてあった。そればかりか、テーブルに向かってACアダプタが伸びているし、ベッドには部屋着が脱ぎっぱなしで置いてあるし、その枕元にはゆうべ読んでいたのか文庫本もある。
遊びに来たときには見ることができなかった生活の跡があちこちに残っていて。なんだか嬉しかった。
嬉しいついでに飲みかけコーヒーを飲んで間接キス、なんて思ったりもしたけれど、変態っぽいから寸でで止めた。……。……でも脱ぎっぱなしの部屋着だけは抱き締めさせて……!
由加の部屋着をぎゅううと抱き締め、香りを肺いっぱいに吸い込んでから、「良し」と立ち上がる。
さて。お遊びはここまでにして、本来の目的を果たさなくては。
本来の目的――由加のために、夕飯を作ることだ。
正直な話、おれは料理が得意ではない。由加と付き合い始めるまでは、外食だったりコンビニ弁当だったり、てきとうな物で済ませていた。
だけど手料理の温かさと美味さを知ってからは、多少ではあるけれど料理に興味を持って、今までカップ麺のお湯を沸かすときにしか使ったことがなかったキッチンを使うようになったのだ。
まあ、作るのは目玉焼きかスクランブルエッグか、肉や野菜をどばっと入れた肉野菜炒めくらいだけれど。
でも今日は由加のため、彼女の好物であるハンバーグを作ろうと、レシピを調べて一週間前から練習してきたのだ。頭の中で、練習してきたのだ。シミュレーションは完璧なのだ。
シミュレーションでは、由加がおれのハンバーグを食べて「ありがとう雅人大好き」とキスをしてくれるところまでいった。
それを現実のものにするため、おれは張り切って、由加愛用のエプロンをつけた。
が。
幾分緊張して、鍵を鍵穴に差し込んだ。
がちゃり、と鍵が開く音が聞こえると、ますます緊張した。
築三十年になるという木造アパートの二階、201号室。この部屋の鍵を開けるのは、初めてのことだった。
この部屋の主――由加と付き合い始めてそろそろ一年。つい先日、合鍵をもらう運びとなった。
由加は会社員で暦通りに働いているけれど、おれはわりと不規則な仕事をしているから、時間が合わないときは本当に合わない。会う時間も限られてしまうし、これじゃあ順調に愛を育むことができない、と危機感を覚え、お互いの部屋の合鍵を交換したのだ。
これなら好きな時間に部屋に行って、帰りを待つことができる。時間の関係で、ほんの数分の対面になったとしても、簡単に会うことができないおれたちにとっては大事な数分になるだろう。
実際由加は合鍵を使って何度かおれの部屋に来てくれて、夜食を残して行ってくれたり、出しっぱなしの洗濯物をたたんでくれたり。本当にありがたかったから、今日はそのお返しとして、おれが。由加のために夕飯を作りに来たのだ。
玄関横の電気を点けると、由加が住む1Kの室内が照らし出された。
学生時代から住んでいるというこのアパートには、デート帰りに何度もお邪魔しているけれど、普段は綺麗に片付けられていて、余計な物が出ていないすっきりした部屋の印象を受けた。
でも今日はいつもとは違う。今朝飲んだのか、キッチン台にコーヒーサーバーが置きっぱなしになっている。ドリッパーにはフィルターが、フィルターの中にはコーヒー粉のかすが入ったままだ。
キッチンの奥、八畳ほどの部屋に足を踏み入れると、テーブルの上には飲みかけコーヒーが置いてあった。そればかりか、テーブルに向かってACアダプタが伸びているし、ベッドには部屋着が脱ぎっぱなしで置いてあるし、その枕元にはゆうべ読んでいたのか文庫本もある。
遊びに来たときには見ることができなかった生活の跡があちこちに残っていて。なんだか嬉しかった。
嬉しいついでに飲みかけコーヒーを飲んで間接キス、なんて思ったりもしたけれど、変態っぽいから寸でで止めた。……。……でも脱ぎっぱなしの部屋着だけは抱き締めさせて……!
由加の部屋着をぎゅううと抱き締め、香りを肺いっぱいに吸い込んでから、「良し」と立ち上がる。
さて。お遊びはここまでにして、本来の目的を果たさなくては。
本来の目的――由加のために、夕飯を作ることだ。
正直な話、おれは料理が得意ではない。由加と付き合い始めるまでは、外食だったりコンビニ弁当だったり、てきとうな物で済ませていた。
だけど手料理の温かさと美味さを知ってからは、多少ではあるけれど料理に興味を持って、今までカップ麺のお湯を沸かすときにしか使ったことがなかったキッチンを使うようになったのだ。
まあ、作るのは目玉焼きかスクランブルエッグか、肉や野菜をどばっと入れた肉野菜炒めくらいだけれど。
でも今日は由加のため、彼女の好物であるハンバーグを作ろうと、レシピを調べて一週間前から練習してきたのだ。頭の中で、練習してきたのだ。シミュレーションは完璧なのだ。
シミュレーションでは、由加がおれのハンバーグを食べて「ありがとう雅人大好き」とキスをしてくれるところまでいった。
それを現実のものにするため、おれは張り切って、由加愛用のエプロンをつけた。
が。