狂おしいほど惹かれてく(短編集)
まずは玉ねぎのみじん切りだ! と意気込んだものの、まさか玉ねぎがこんなに目にしみるものだったとは、想像もしていなかった。いや、しみるしみるとは聞いていたけれど、ここまでとは……。
ちょっとした目つぶしには有効的なくらいの破壊力を持つ玉ねぎに、料理初心者のおれは早くも心が折れてしまいそうだ。
加えてみじん切りをしようと包丁を動かすたび、玉ねぎのかけらがまな板からぴょんぴょん跳ねて、あちこちに散らばっていく。
これで心が折れた。
みじん切りじゃなくてもまあいっか、と。切った玉ねぎの形が充分に分かるくらいのざく切りで終わらせた。
それに溶き卵やひき肉や、由加の部屋にある「ナツメグ」とやら、パン粉をどばっと入れて、ぐちゃぐちゃと捏ねていく。
でもなんだこれは。手にめちゃくちゃくっつくじゃないか。
柔らかすぎるのかな、とさらにパン粉を加えてみる。そうしたら今度は固過ぎで、うまく混ざらない。ざくざくとしたパン粉の感触だけが残り、これじゃあハンバーグの形にできそうにない。
ああ、そういえばレシピには牛乳も少し入れると書いてあったっけ。思い出したけれど、両手は具材を捏ねていたせいでべちょべちょ。これでは冷蔵庫を開けられない。でも冷蔵庫から牛乳を取り出すために手を洗うのも面倒。
まあ、親指と人差し指だけ使って開ければいいか。
と思ったけれど、冷蔵庫のドアの取っ手に、パン粉やひき肉のかすが付いてしまった。「あわわ」と慌てて払うと、それは床にぱらぱらと散った。
料理中に床の掃除をするわけにもいかないし、これは終わったら拭くことにしよう。
そんな風にしてゲットした牛乳をてきとうにボウルに入れると、なんだか緩い気がする。それならまたパン粉を入れればいいか。すると今度はまた固い。牛乳を投入。緩い。パン粉を投入。固い。牛乳を投入。
そんなことをしているうちに、具材の量はどんどん増え、なんならひき肉や玉ねぎよりもパン粉が多くなってしまった。
でもまあ、この固さならハンバーグの形にできる。
具材を手で掬って丸めて、手の平でぱんぱんとキャッチボール。これが何とも面白い。学生時代、野球をしていたわけではないけれど、体育の授業や体育祭で試合をしたことならある。手加減されていたとはいえ、野球部所属の友だちから初球ホームランを打ったのは良い思い出だ。
そんな昔の記憶を思い出し、楽しみながら具材をぱんぱんやったけれど。
たしかレシピには、中の空気を抜くため、と書いてあったが、どれくらいの間キャッチボールをすればいいのだろう。中の空気が抜けたかなんて、いつ、どのタイミングで分かるのだろう。ぷしゅっと音がするのだろうか。空気が抜けた分、具材が一回り小さくなったりするのだろうか。
考えてもよく分からないし、なんならざく切りしただけの玉ねぎがぴょんぴょんと飛び出してきてしまったから、この辺でキャッチボールをやめた。
あとはこれをフライパンで焼くだけ、だけど。フライパンに油を敷くのを忘れていた。慌ててキッチン台に捏ねた具材を置いて、汚れた手のままサラダ油を触る。具材が付着してしまったボトルは……床を掃除するときに一緒に綺麗にすればいいか。
フライパンを熱している間に、もうひとつ具材を丸めてキャッチボールをしておいた。
パン粉の大量投入のせいで、ボウルにはあと三つくらいはできそうなくらいの具材が残っている。おかわり用と明日の由加の弁当用に作っておいてもいいだろう。また由加の「ありがとう雅人大好き」が浮かんで、頬が緩んだ。