狂おしいほど惹かれてく(短編集)


 さあ、焼いていくぞ。
 丸めたそれをひとつ、フライパンに乗せると、じゅううという良い音が聞こえてくる。続いてもうひとつ乗せようとするが、おれの手の大きさのままてきとうに掬ってしまったせいか、フライパンのスペースが足りない。仕方なく箸を使って端に寄せたが、真ん中に綺麗に箸型の溝ができてしまった。

 でもどうにかふたつ、投入できた。あとは良きところでひっくり返して……。……。良きところって、どこだ? たぶん、焼き目がついた頃だよな?
 そう勝手に解釈して、フライ返しで焼き目を確認してみる。すると最初に焼き始めたほうは、すでに良い色。むしろちょっと焦げかかっていた。

 慌ててひっくり返すが、勢いが付きすぎて、少し型崩れしてしまった。まあ、これには箸型の溝もできているし、おれの分だ。おれの分にしよう。由加には箸型がついていない方を食べてもらおう。

 次にひっくり返すときは慎重に。慎重に。……していたつもりだったのに、ひっくり返したそれは、もうひとつのハンバーグに乗ってしまって、真ん中に見事な亀裂が入る。亀裂を隠そうと、ボウルから具材をひとつまみ取って、亀裂に押し込んでおいた。
 そのせいで、コブ付きのハンバーグになってしまったけれど、真ん中からぱっくり割れているよりましなはずだ。

 そうしているうちにひとつ目のハンバーグがまた焦げ始めたから、急いで皿を用意した。
 ずっと手を洗うのを忘れていたせいで、食器棚も少し汚れてしまったけれど、まあこれも後で綺麗にすればいい。

 なんとか完成したハンバーグは、形は悪いけれど、充分ハンバーグに見える。由加用のハンバーグも皿に乗せると、満足感でいっぱいになった。


 時刻を見ると、由加の帰宅予定時間まで、まだ十分以上もある。こんなに早くハンバーグが完成するなら、ボウルに残った具材も焼く時間はあるだろう。
 そしておれは、立て続けに三つのハンバーグを焼いた。

 手間取ったりもしたけれど、初めてのハンバーグ作りは充分成功しただろう。それもこれも、この一週間しっかりシミュレーションしていたおかげだ。
 間もなく由加が帰って来る。スープはインスタントだけれど、男の料理なんてこんなものだ。

 と、その前に。ちょっと味見をしておこうと思い立った。一番最初に出来上がった、箸型の溝付きのハンバーグを割ってみた、瞬間。異変に気が付く。

 中身が、ピンク色だった。外側は焦げているのに、内側はどう見ても生焼け。慌てて真ん中から切り開いてみると、やっぱりどこも生焼けだった。
 どうしてこんなことに……。なら他のハンバーグも生焼けの可能性が高い。

 新鮮な肉ならまだしも、近所のスーパーで買った肉を生のまま食べるのは恐い。いや、生の肉を愛する彼女に食べさせるのは恐い。

 急いでそれをフライパンに戻し、焼き直しにかかるけれど、外側が焦げていくだけ。しかも洗わずに使い続けていたフライパンは、油や飛び散った具材のせいで、どんどん黒くなっていく。それでも中身はまだ焼けない。

 もしかして、ハンバーグを大きく、分厚くし過ぎたせいか? もっと小さくて、平べったくしなくてはいけなかったのか?

 由加の帰宅は目前。フライパンからハンバーグを取り出し、まな板に置き、フライ返しと手を使って、ぎゅううと伸ばしていく。それはハンバーグというより、もはやお好み焼きくらいのサイズになってしまったけれど、生焼けのままよりは良い。
 頼む、焼けてくれ! そんなおれの願いも虚しく、なかなか内側は良い色に染まらない。

「なんでだよ、もう……!」

 軽くパニックになりながら、フライ返しでさらにハンバーグを伸ばしている、と。


「あれ、雅人。来てたんだ。ただいまー」

 ついにこの部屋の主、由加が帰って来てしまった。

 おれの顔を見てにっこり笑った由加だけど、部屋に充満する焦げ臭さにすぐに気付き、眉間に皺を寄せる。

「え、雅人、何やってんの、大丈夫?」

「ゆ、由加ぁぁぁ……助けてぇぇ……」

 そしてついにおれは、恰好悪く、彼女に助けを求めたのだった。



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