狂おしいほど惹かれてく(短編集)
こっそりハンバーグを作って振る舞い、由加に喜んでもらおうとしたが、上手くいかなかったことを説明し、少し落ち着くと、キッチンの惨状が目に入った。
お好み焼きサイズになってしまった出来損ないのハンバーグ。キッチン台は具材が飛び散り、汚れた箸やボウルが散乱している。サラダ油のボトルも冷蔵庫も食器棚も、汚れた手で触ったせいで油っぽく粉っぽい。床もあちこちにパン粉やひき肉や玉ねぎの欠片が落ちていた。計五つのハンバーグを焼いたフライパンは、油や具材が変色してなんだか黒い。部屋中に焦げたにおいが充満し、由加のにおいをかき消していた。
由加はただ黙って俯いて、おれの話を聞いていた。
こんなことをしてしまったのだから、さすがに怒られるかもしれない。嫌われてしまうかもしれない。
おれがしたことは、ただキッチンをぐちゃぐちゃにして、食材を無駄にしてしまっただけだ。
「本当にごめん……」
何度目かの謝罪をして、深く頭を下げる。
由加の返事はなかった。それが恐くて恐くて、そおっと顔を上げてみる、と。
「え、え……? ゆ、由加、さん?」
由加は俯いたまま、くつくつと、肩を揺らして、笑っていた。
そしてついに「あはははは!」と。大きな声で笑い始めたのだ。
「え、え、え? なんで笑うの?」
「だって……だっておかしいじゃない。どこから見てもハンバーグには見えないし、キッチンもぐちゃぐちゃ。雅人は涙目で助けを求めてくるし、あははは、おっかしー!」
お腹を抱えて大爆笑。でもすぐに「お隣さんに怒られちゃう」と深呼吸をして、頬と胸を擦った。
てっきり怒られると思っていたおれは拍子抜けして、ただぼおっと、涙目の由加を見つめていた。
「いや、あの……怒らない、の?」
恐る恐る聞くと、由加はあっけらかんとして「どうして?」と首を傾げる。
「だってあれもこれも失敗だらけで……」
「わたしのために、慣れない料理を作ってくれようとしたんでしょ? しかも初挑戦のハンバーグを」
「うん」
「なら怒る理由なんてないよ。むしろ、わたしのために作ってくれてありがとう。ハンバーグ食べてから、一緒に後片付けしよう」
心が広い由加は、そう言って笑顔を見せてくれたから。
おれはまだ手を洗っていないこともすっかり忘れて、彼女に抱きつくのだった。