狂おしいほど惹かれてく(短編集)
202:きみの背中
【きみの背中】




 背中が。背中に。あの背中に、抱きつきたい。いま、とっても……。


 実家から送られてきたリンゴをお裾分けするため、恋人である拓海くんが住んでいる、築三十年、木造二階建てのアパート、202号室を訪ねたとき。彼はお風呂に入っていて。お風呂場のドアをちょっとだけ開けて「入って寛いでてー」と言うから、お言葉に甘えてお邪魔した。

 すぐに出て来た拓海くんは、上半身裸で頭にタオルをかぶって、あちーあちーと繰り返しながらCDの山をあさり始めた。デジタルの時代になっても、拓海くんはCDを好んで聴いていて、あれこれ買いあさっている。この間は中古販売店で「き」の段に並ぶCDを丸ごと買ってきた。
「随分大人買いしてるのねぇ」と驚くと「中古だし安いもんだよ」とのこと。まあ確かに、貼ってある値札シールは「50円」や「100円」や、高いものでも「500円」くらいだ。

 そうやってCDを増やしまくるから、今この八畳の和室にある荷物の大半を占めているのはCDだ。実家にはもっと山のようにあるらしい。

 ケースを開け、歌詞カードを開いたり、ディスクを手に取って傷を確認したり。そうやって大好きなCDをあさる背中に、わたしは物凄く、抱きつきたくなった。

 なんて、言えない。
 言ったら絶対拓海くんはにやにやへらへらして、今夜は寝かせてくれなくなる。明日は朝から講義もバイトもあるから、今日は早く帰って寝ようと思っているのだ、けれど……。

 でも、抱きつきたい。あの広い背中に。くっきりと浮き出た肩甲骨に。程よく筋肉がついた、逞しい背中に……。




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