狂おしいほど惹かれてく(短編集)
そんなことを考えていたら「千尋」と。突然名前を呼ばれて肩が震えた。
「え、な、なに?」
首を傾げると、拓海くんはディスクを手に持ち、振り返らないまま、……
「そんなに見つめられると、どきどきするんだけど」
「えっ、なんっ、ええっ?」
「なんか変な気分になっちゃうよ~」
ようやく振り返った拓海くんの得意気な顔を見て、気が付いた。
彼はディスクの傷の確認をしていたのではない。ディスクにわたしの姿を映して、盗み見ていたのだ……! この、卑怯者!
「み、見てたのは拓海くんじゃない!」
「千尋だって、蕩けた目で見てたじゃん。俺の背中」
「見てた、けど……見てたけど……、……っ、……っ、……もういい!」
言葉が上手く出て来なくって、ふいと顔を背けながらバッグを引っ掴む。
可愛くない、と思った。なんて理不尽な、とも思った。見ていたのに、見惚れていたのに、素直になれなくて。挙げ句半ギレして帰ろうとしているなんて……。
この間二十一歳になったというのに。もう成人して一年も経つというのに。わたしはなんて子どもなんだ……。成人したら、もっと大人になれると思っていたのに、現実はそう上手くはいかないみたいだ。
わたしが立ち上がるのとほぼ同時に拓海くんも腰を上げ、「待って千尋!」と慌てた声を出しながら、勢い良く抱きついて、いや飛びついてくるから……。わたしは「ぎゃん!」と情けない悲鳴を上げ、顔から床に突っ込んだ。
「ちょ、ちょっと! 拓海くん!」
「ごめん! 盗み見てごめん! 色々ごめん! 謝るから帰らないで!」
「わかっ、分かったから離して! 重いし! おでこ打ったし!」
押し倒されるなら良い。ふたりきりの部屋で恋人に押し倒されるのなら、ムードもある。
でも勢い良く飛びついてきた拓海くんは、完全にわたしを押しつぶしていて。お互い畳にうつ伏せて格好悪い。
そんな恰好悪い状態でも、耳にかかる拓海くんの息と、お風呂上がりでまだ熱気を持った身体のせいで、どうも心中穏やかではない。
「今度からはディスク越しじゃなくて、真っ直ぐ千尋を見るから」
そう言って拓海くんは、下敷きになっていたわたしの身体をぎゅうっと抱き締め、ちゅ、というリップ音を、わたしの耳に響かせたのだった。
わたしもそれを受け入れ、拓海くんの頬に耳を摺り寄せた。
早寝するのは、諦めた。
(了)