狂おしいほど惹かれてく(短編集)
「うん、わたしも真次くんと結婚したい」
「……っ、……っ、……!」
言葉を待たずに返事をすると、真次くんは目を見開き、口を開けて、心の底から驚いた、という顔をした。
「あれ、違った?」
「ななな、なんで分かったの……!? お、俺が、恰好良く決めようと……!」
「もう、すうはあはすはすしてる時点で分かるから。ばれるから。あいてて」
ようやく足を崩して、痺れた足を擦る。普段正座なんてしないから、ものの十数分で、自分のものとは思えないくらい痺れてしまった。
「でも、真次くんはわたしでいいの?」
言うと彼は拳を握って「唯がいいの!」と大声で主張する。
「仕事もあるしなかなか思うように会えないけど、結婚して一緒に暮らしたら、ちゃんと毎日会えるから! 今の俺の身体の五割くらいは、唯が作る料理でできてるから! それを七割八割九割と上げていきたい! 毎日唯の料理が食べたい!」
さっきまでのすうはあはすはすは何処へやら。主張の勢いのままわたしの手を握り、真次くんはそんなプロポーズをしてくれた。
なんて嬉しいプロポーズなのだろうと思った。
プロの料理人である彼が。料理を食べたみんなを笑顔にする彼が。わたしの料理を食べたいなんて。わたしの料理で身体を作っていきたいだなんて。こんな誉れは他にない。
足の痺れ以上に、心が痺れて仕方ない。
「ありがとう。うれしい」
胸がいっぱいで、そんな簡単な返事しかできないのが申し訳ないけれど。大好きな彼と、ずっと一緒にいられるという幸せを。一日三食、一年千九十五食、彼と一緒に食べられるという喜びを。言葉になんてできないんだ。心が痺れる、なんて初めての経験で、どうしたらいいのか分からないんだ。
満面の笑みで頬を染める彼に抱きつこうとしたけれど、足が痺れているせいでよろけて、胸に激突してしまった。
そんなわたしに真次くんは、ここぞとばかりにぎゅううと抱きしめる。わたしも、よろけて傾いた姿勢のまま、彼の背中に腕を回した。
体勢はきついし、心も足も痺れているけれど。今はただ、彼の腕の中にいたかった。
しばらくそうやって抱き合いながら、先のことを考えた。
「……結婚するなら、引っ越さないとね」
「ん。俺の部屋もちょっと狭いから、ふたりで暮らせる部屋、探しに行こうか」
「そうだね……」
築三十年、木造二階建てのアパートには、大学時代から住んでいる。
通っている大学が近かったし、バス停もすぐそこ。駅までもそれほど遠くない。近くにはスーパーもコンビニも郵便局もあるし、住宅街にあるから騒がしくもない。
大学を卒業して、就職してもここに住み続けていたのは、ここが気に入っていたからだ。他の住人たちもそうだと思う。実際、郵便受けの前や廊下や近所で会う顔ぶれは、もう何年も変わっていないし。……、……。
そんな場所を離れるというのは、少し寂しかったりする。
それでもわたしは、この人と一緒に暮らすため、ここを出て行く。新しい場所で、新しい生活を始める。
わたしが新しい生活を始めた頃、この部屋にはどんなひとが住むのだろう。
日々変わっていく未来に思いを馳せながら、静かに目を閉じた。
(了)