狂おしいほど惹かれてく(短編集)
そんなに毎晩なんて行っていない。
時間が合った日にお邪魔して、夕飯を作ったり、洗濯をしたり、ごろごろしたり、オンラインゲームをやっているのを隣で見たり。それくらいだ。
「野島さんだって知ってますよね、ゲーム中、ピザばっかり食べてるんですよ」
「うん、知ってる……」
「身体に良くないじゃないですか。転職して、ただでさえ忙しいのに」
「うん、そうだね……」
だから夕飯を作っているんです。そう説明すれば野島さんは、肩を竦めてため息を吐く。
「まあ僕も、あいつの不摂生は昔から心配してたよ。僕以上のゲーマーで、食事も睡眠時間も削ってゲームしちゃうところがあるから。うちの会社辞めて転職してからも、ゲームに費やす時間はあんまり変わってないみたいだし」
「はい。この間仕事が忙しくて数日間行けなかったら、部屋がピザとファストフードだらけでした。買って来たのに食べるの忘れてダメにしちゃったり」
話しながらちら、とディスプレイを見ると、野島さんのキャラもパーティーを組む相手のキャラもしっかり銃撃され、ゲームオーバー。ひとり取り残された相手はそれでも善戦したのか、参加五十チーム中二位という好成績をおさめていた。
「急に来てごめんなさい。いつもと違う視点で、おふたりが戦っている様子を見てみたかったんです」
「葵ちゃんもやってみればいいのに」
「わたしゲームの才能ないんです。前に格闘ゲームやったら、三十秒で負けちゃったし」
「それは対戦した相手が悪いんじゃないの? あのゲーマー相手じゃあ仕方ないよ」
野島さんはそう言って笑って、マウスに手を戻した。ようやくホーム画面に戻り、次の試合開始を待つ。
わたしはそれを、野島さんの隣で体育座りをして待った。
「野島さん、ピザ、かっちかちになっちゃいますよ」
「じゃあ葵ちゃん、食べさせてよ」
「いいですよ」
頷きながらピザの箱を開け、先輩の口元まで運んであげようと思ったら、少しの間の後「やっぱり自分で食べる」と断られた。
ゲーム中だしかっちかちになっちゃうし、食べさせるくらい良いのに、と返せば「小山くんに怒られる」と心底怯えた表情をした。
今は転職をしたとはいえ、元部下で年下で、毎晩のように仲良くゲームをしている相手だというのに。何をそんなに怯えることがあるのか。
「小山くんには今日のこと、絶っ……対に言わないでね」
「言っても問題ないと思いますが」
「絶っ……対に言わないでね?」
「分かりました、言いません」
結局最後は、先輩の迫力に負けて頷いた。
いつもは小山さんがゲームをしているのを、小山さんの横で眺めている。でも今夜は野島さんの横で、小山さんのプレイを眺める。
いつもと違う視点は、なんだかとても新鮮だ。
小山さんの顔は見えない。最近太ってきた身体も。でも確かに今、この瞬間。小山さんはパソコンの前にいて、ゲームのキャラクターを操作している。
小山さんと知り合ってもう何年も経つし、最近はしょっちゅう一緒にいるけれど、たまにはこんな風に違う視点で。たまには立ち止まって、ちょっと後ろを振り返ってみたくなる、なんて。
こんなことを言ったら、小山さんはどんな反応をするだろうか。「おまえはいつも変なこと言うね」と。呆れながらも笑ってくれるだろうか。
(了)