紳士的上司は愛を紡ぐ

八王子アナが、人の少ない深夜のアナウンス室に現れた。
アク辞とは、アクセント辞典の略称である。

「……はい。『8+2=』の原稿確認を。」

私は突然のことに驚きつつも、返答した。

「私も入社当初は、全て引くぐらいアク辞に噛り付いてましたが、それも忙しくなると難しいですね。もっと二宮アナを見習わないと。」

彼は眉を下げ、申し訳なさそうに表紙へ視線を落とす。

それも仕方ない。彼の担当する朝の番組も、深夜ニュースと同じく直前に原稿を渡される為、細かい確認は出来ない。

その他を含め、レギュラー番組5本全ての原稿確認をするのは、相当忙しいに違いない。

「私は……八王子アナが、お忙しい中でいつもあれだけ素晴らしい読みをされているので、十分だと思います。」

それが私の正直な感想だった。

"プリンス"と称される容姿でも、元々持つ良い声でもなく、八王子アナの完璧なアナウンス技術に部下として最も憧れていた。
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