私、それでもあなたが好きなんです!~悩みの種は好きな人~
「スフラに採用が決まった時に、従業員マニュアルを渡されませんでしたか?」

「はい。読んでおくように言われました。けど、あ、あの……なんのことだかさっぱり……」

石堂さんから渡されたマニュアルは、スフラで仕事をするうえで従業員の役目、規則、バリスタ希望者にはコーヒーを淹れる心得のようなことがつらつらと書かれていた。

「はぁ、もしかして、石堂からなにも話を聞いてはいませんか?」

やれやれと言ったように水谷さんが軽く首を振る。

「あなたが本店に採用になった経緯をお伺いしても?」

「はい。去年の十一月にアルバイトの募集があったので、バリスタ志望ということですぐに面接してもらったんですけど、その時、店長の石堂さんが不在で、雅人さんに面接をしていただいたんです。それで、即採用ってことで……」

「なるほど、石堂本人からはなにも聞かされてはいないということですね? まったく、困った人だ……」

水谷さんはぶつぶつと文句を言いながら、少し考えた顔をする。そして、再びコーヒーをひとくち飲むと、長いため息をついた。

「石堂慧は……実はスフラグループの副社長で、我が人材開発部部長を兼務している元々本社の人間なんです」

「本社……? じ、じゃあ、どうして石堂さんは、本社じゃなくて店で働いていたんですか?」

石堂さんは、スフラの店長だ。本社の人間だと言われて沸き起こる疑問に、私はそう尋ねずにはいられなかった。すると、水谷さんは、少し気まずそうに口を開いた。
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