私、それでもあなたが好きなんです!~悩みの種は好きな人~
「お前はまじめなやつだな」

レジの金銭を確認し終わると、石堂さんは胸元のシャツのボタンを片手で緩めた。照明に照らされてちらりと覗いたその素肌に思わずドキリとしてしまう。手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいることをいまさら実感する。

「早めにあがっていいって言ったろ? そんなに仕事が好きか?」

さらっとかきあげた黒髪の隙間から、石堂さんの瞳がじっと私を見ている。

「はい。だからもっともっと石堂さんから色々教えてもらいたいんです。私、このまま見習いで終りたくありません」

もうホールの仕事はしたくないといわけではない。このまま本来志願したバリスタとしての仕事をさせて欲しい。という意味を含めて言ったつもりだったけれど、石堂さんはずっと黙りこくってなにも答えなかった。

「今日、沙耶に美味しいって言ってもらえました。私、すごく嬉しくて……。だから私の淹れたコーヒーはうまくいったんだって思ったんです。でも、不器用だし、失敗ばかりだし、石堂さんに言わせたらまだまだだと思いますけど……」

「まぁ、あれくらいなら合格ラインだったな」

「え?」

合格ライン――?

飲んでないのにどうしてわかるの――?

「お前、コーヒー淹れることに集中しすぎ。俺に使い終わった器具の後片付けさせるなんて、いい度胸してるよな」

目を丸くしている私を見て、石堂さんがニヤリと笑った。自分がコーヒーを淹れた時のことを思い返す。
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