Three~となりの王子~
子どものころ、学校から帰ってきて、キッチンから甘い洋菓子のにおいが漂ってくると、あたしはそれだけで飛び上がるぐらい喜んだ。
女の子だもん、あたしは甘いものが好き。
どんな有名パティシエのケーキより、あたしはママの焼いたケーキのほうが好きだった。
べつに身内びいきするわけじゃなくて、「家庭の味」のあったかさってやつを主張するわけでもなくて、ママのケーキはほんとうに抜群においしいのだ。
いまよりずっと前、あたしが生まれるよりもずっとずっと前、洋菓子の専門学校に通っていて、一流ホテルのパティスリーで働いていたらしい。一時はパリに修行にいこうとも考えてたそうだ。
パパと出会って、夢を諦めてしまったらしいけど。
「ママはあおいとパパ専門のパティシエね」
幼い日のおぼろげな記憶の中で、そう言って笑うママはどこか誇らしげで、得意げだった。その隣にはパパがいて、大きく息を吸い込むと、バニラビーンズのにおい。
あたしはとてもみたされていて、幸福だった――幼い、あまりに幼い錯覚だったのかもしれないけれど。