Three~となりの王子~
ママの異変は、お菓子をつくることだけじゃなかった。

こめかみをズキンと刺激する、甘い砂糖衣で体を包むみたいに、ママの言動はどんどん甘く、幼くなっていった。


どちらかというとママは勝気で闊達で、クリームたっぷりのケーキというよりは、すっきりしたミントシャーベットってかんじのひとだった。

もともと男社会といわれる洋菓子職人の世界で、男と肩を並べて働いていたようなひとだ。それも、いまより女性に対して風当たりの強かったであろう二十年前に。

あたしだったら三日、いや一時間ぐらいで逃げ出しちゃうような場所で、何年も働いていた。それだけで、根性のあるひとなんだとわかる。

あたしに対しても厳しくて、すぐにぐずぐずと泣くあたしのお尻をぺちんと叩いて、

「ああ、もう情けないっ、わたしの子とは思えないっ」

なんてよく嘆いてた。



そのママが、いまではあたしでも引いてしまうぐらいの、乙女チックに変貌してしまった。

オードリーが好きで、ベリーショートにタートルネックとサブリナパンツ、というシンプルなスタイルが定番だったのに、いまではなにを思ったのか、DO!FAMILYとかbulle de savonみたいな、レースとか丸襟とか小花模様とかの、ぽわんとした永遠のOlive少女的な洋服ばかり好んで着てる。

あたしもその手の洋服が好きだから、たまに借りたりできてラッキーってかんじではあるのだけど。

でも、やっぱり、そんなの気持ちわるい。


「友だちみたいなお母さん」とか「いつまでも若々しくて姉妹みたいなお母さん」とか、そういうの、みんな憧れるっていうけど、あたしはやだ。

だってそういうの、なんだか痛々しいんだもん。

必死! ってかんじで。

額に青筋浮き立ててアンチエイジング! ってかんじで。


「友だち」じゃなくて、「お姉さん」じゃなくて、ママには「お母さん」でいてほしい。
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