Three~となりの王子~
やがて、女のひとはきゅっと下唇を噛みしめ、忍に背を向けて走り出した。

その目に、涙が浮かんでいるのを見つけて、あたしは胸をつかれた。

ああ、このひとほんとに忍のことが好きだったんだな。

おねえさん、今度はいい男のひとを見つけるんだよ。

こんな悪い男につかまっちゃだめだよ。

そんなことを思いながら走り去っていく背中を見送っていると、


「あおい。そこにいるんだろ。出てこいよ」

鋭い声が飛んできた。


うっ、バレてる?

なんで?

「あー、どうもー」

あたしはしかたなく、頭をかきながら立ち上がった。

「どうもー、じゃない。盗み聞きなんて趣味が悪いぞ」

眼鏡の奥の目が、あたしをぎろりとにらみつける。

「だって、いきなり道端で修羅場やってるんだもん。出て行きづらいよ。それよりなんでわかったの? あたしがここにいるって」

素直な疑問を口にすると、忍はちょっと困ったみたいに空をあおいだ。

夕陽が差して、忍の髪を金色にふちどる。


高校生のころはいつも短く刈りあげて、しかも銀縁眼鏡で、どっからどう見ても「優等生!」ってかんじだったのに、いまではどっからどう見てもいけすかない女ったらしに見える。
といっても、ホストとかギャル男とかというのとはちがっていて、なんていうか、知的でクールな都会の男ってかんじ?

白いシャツに黒い細身のパンツというシンプルな格好だけど、ひとめ見ただけでブランドものなんだとわかる。
長めに伸ばした髪の毛はさらさらしていて、下品にならない程度に明るく染められてる。
眼鏡は今風の細いメタルフレーム(いわゆる「おしゃれ眼鏡」ってやつだ)で、たぶんこれもフォーナインズとかそれ系のブランドものなんだろう。


なんか、超いけすかない!

女の敵! ってかんじ。


などとあたしがひとりで勝手にむかむかしてると、

「わかるから」

ぽつりと忍がつぶやいた。

「え?」

「わかっちゃうんだよ。おまえの気配は」

ちょっとすねたみたいに言う。

こころなしか、忍の顔が赤くなってるのは、たぶん夕陽のせいだよね。
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