Three~となりの王子~
「もう笑わせないでよ。死ぬかと思ったじゃない。おっかしいわね、あんたたち。いい年して子どもみたいに張り合わないでよ」

苦しげにそんなことを言って、涼子はようやく笑いを引っ込めた。目尻ににじんだ涙を白くて細い指でそっと拭う。

先ほどの「よそゆきおばさん顔」とはうってかわって、いつもの毒舌をのぞかせた涼子に、樹は毒気を抜かれたような顔になって、はあ、なんてぼやいてる。
普段だったら「初対面であんた呼ばわりすんじゃねーよ」とか言いそうなのに、さすがの樹も涼子のオーラにやられてしまってるみたいだ。この女には逆らわないほうがよさそうだ、と動物的本能で感じ取ったのかもしれない。さすが涼子。

「なんだよ、この店。コーヒー一杯が六百円って!」

手持ちぶさたにメニューをめくりはじめた樹が、いきなり叫んだ。
なにごとか、といったように店内の他のお客さんや店員がこちらを見る。

「ちょっとやめてよ、恥ずかしい。めちゃくちゃ注目浴びてるじゃない」

「だっておまえ、これ、ありえねーだろ。ファミレスだったら200円かそこらでコーヒー飲み放題なんだぞ」

まったく声をひそめる様子のない樹にあたしは顔が真っ赤になってしまう。

「だいたいなんだよ、このカフェクレームっての。ウィンナーコーヒーのことか? 700円もするぞ。おまえセレブか? セレブ気取ってんのか?」

「いますぐ黙って。でなかったら消えて。それか死んで」

再びはじまったあたしたちの夫婦漫才に、もうやめてよぉ、あたしを殺す気ぃ? と涼子が苦しそうに笑いながら呻いた。

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