ハニートラップにご用心
「結婚して欲しい、俺と」
ずっと胸の中に秘めていた言葉を口にしてから、ついに言ってしまったと思い心拍数が上がる。不安と緊張と、色んなものが混じり合って高鳴る鼓動を自分の骨を通して聞いて、じっと彼女の答えを待つ。
千春は数秒呼吸を止めたあとに、顔を上げて俺を見上げた。
大きな瞳にはまた涙が滲んでいて、これ以上泣いたら目がこぼれ落ちてしまうんじゃないかというくらい、まぶたを真っ赤に腫らしていた。
「……私、勘違いしてた」
ゆっくりと紡がれる千春の言葉の続きを待つ。彼女は言葉を選ぶように、小さな声で言う。
「土田さんに、置いて行かれるんだって」
「そんなことするわけないだろ」
そんなふうに思われてしまっていたことに軽くショックを受けて言い返すと、千春は花が綻ぶように笑って、大粒の涙を落とした。
「私を、あなたのお嫁さんにしてください」
そう言ってから、千春は赤くなった顔を隠すようにしてうつむいて、俺の胸に顔を埋めた。
「一度言ってみたかったんです、これ」
なんて言うからちょっとムカついて、頭を掴んで無理矢理顔を上げさせた。
強引に視線を合わせると、千春は少し驚いたのか目をぱちくりと瞬かせた。まつ毛に乗った水滴が弾かれる。
「最初で最後にしろよ、それ」
「もちろん」
寝室の引き出しにしまってある、千春のために購入した婚約指輪はあとでたっぷり彼女を可愛がってから、薬指にはめてやろう。
そんな俺の欲望渦巻く思考回路を想像もしていないだろう千春は、俺の手に頬を寄せて幸せそうに笑った。
きっと、こんなに人を好きになるなんてことは二度とないだろう。