ハニートラップにご用心
「……そうか?」
鏡に写る自分の顔をしばらく見つめたあとに顔を上げて、土田さんはよくわからないと言いたげに首を傾げた。
艶やかでさらりと揺れる黒髪は間違いなく母親から受け継いだものだろう。目元は父親似なんだろうか、お母さんとはあんまり似てないような気がする。
正面からじっと土田さんの顔を見つめていると、土田さんが少しだけ恥ずかしそうに目を逸らした。それが可愛いなんて思ってしまって、つい口からこぼしてしまった。
「オネエの時とか、雰囲気がすごく似てますよ」
私がそう言うと、土田さんはしばらく面食らったように黙り込んだ。
それからふわりと微笑んで、私の肩に手を置いたかと思えば視界が反転した。
「わっ……!?」
膝の下に腕が差し込まれて、そのまま抱き上げられた。咄嗟に土田さんの方に体重を掛けてしまうけど、その体幹は揺らぐことなく私を支えている。
「ふふ。千春ちゃん、こっちのアタシも好きだものね?」
最近あまり耳にすることのなかった口調に懐かしさが込み上げて、嬉しさを隠すことなく笑顔で顔を上げると土田さんが笑顔のまま、少しだけぴくりと眉をひそめた。
そのままベッドに下ろされて、土田さんの身体が覆いかぶさってくる。
「何喜んでんのよ」
「だって、落ち着くんですもん」
私が言い終わるや否や、土田さんに鼻をつままれてしまった。しばらくそのまま呼吸を止めていたけど、苦しくて口から息を吐くとそれを奪い取るように土田さんの唇が私の唇に噛み付いた。開いた口の隙間から舌を絡め取られて、深いキスに変わる。
息ができなくて苦しくて土田さんの舌を噛んで訴えると、ゆっくりと唇が離れていった。それから、言葉を選ぶように土田さんがゆっくりと口を開いた。
「後悔してない?」
「え?」
長い指が私のおでこに張り付いた前髪を払った。クリアになった視界で彼を見上げると、黒く透き通った瞳と視線がぶつかる。
「あなたはまだ若いから……こんなに早く身を固めるなんて、幸せなことばかりじゃないわよ」
不安そうな顔をしてそんなことを言うから、私はビンタするような勢いで彼の頬を両手で挟んだ。
「な、なに……」
「あなたのそばに居られること以上の幸せなんて、私の世界には存在しません」
突然の私の行動に珍しく狼狽した様子を見せる土田さん。そんな彼の唇に軽く自分の唇を重ねた。