ハニートラップにご用心
番外編 一月の花嫁
「うっ、重たい……」
プロの手によりかっちりと着せられたウェディングドレスをまとって、私は苦悶の表情を見せた。
美しくドレスを着るためにコルセットで締め上げられた腹部が悲鳴を上げている。ちょっと吐きそう。
「ちぃちゃん、せっかく綺麗にしたんだからそんな顔をしないの」
そう言いながらメイク道具をいくつかに仕切られた箱にしまっているのは、土田さんのお母さんの蘭さんだった。
彼女の意外な経歴を知ったのだけど、若い頃はメイクアップアーティストをしていたそうだ。通りで、知り合いにウェディングプランナーがいるわけだ。
改めて鏡に映った自分の顔を見て、目を瞬かせた。
普段より血色の良くなった、ピンクがかった白い肌にオレンジ系のチークが載せられている。赤みの強いピンク系の口紅で彩られた唇が感嘆の吐息によって震えた。
「素材が良いから、お化粧のしがいがあったわ。とても綺麗よ」
普段はしてるのかしてないのかわからない程度の薄化粧しかしないから、こんなにしっかりと化粧を施されたのは初めてだった。
鏡の中に別の世界があるような奇妙な感覚に陥って、もう一度鏡を見つめる。
「そろそろ待機の時間ね。わたしは先に会場に行っているわ」
「はい。ありがとうございます」
おしぼりで手を拭きながら蘭さんがそう言って私に背中を向けたので、慌てて立ち上がって頭を下げる。
蘭さんが去っていった控え室で、彼女が結婚式で着たという純白のウェディングドレスを改めて見下ろす。
惜しみなく使われたレースに散りばめられた宝石の欠片が照明に反射してキラキラと輝きを放つ。歩く度にドレスのスカートを踏んで宝石が取れてしまわないかとハラハラしてしまう。