ハニートラップにご用心
「お家が燃えたって、そんな……寝泊まりはどうしているの?」
「昨日はネカフェに泊まりました」
私がそう言うと、彼は信じられないとでも言うように驚いた顔で口元に手を当てた。
「ダメダメ、千春ちゃんはか弱い女の子なのよ?何かあったらどうするの!」
必死の形相で私の肩を掴むその人の説教を右から左へと聞き流しながら、頭の中では自分の女性としての魅力についての議論が繰り広げられていた。
容姿の美醜はとりあえず置いておくにしても、確かにそういった犯罪行為を行う者は大人しそうで抵抗もろくに出来なさそうな女性を狙うと聞く。
しかしながら私は大人しそうには見えないのか、はたまたそういった魅力がないのか都会の満員電車に乗っていても痴漢に遭ったこともない。
そこまで考えて、私はにこりと力なく笑った。
「大丈夫です。たぶん」
言い切った瞬間、先ほど私が手渡した紙の束で後頭部を叩かれる。お世辞にもあまり内容量が多くはない頭で小気味の良い音が奏でられた。
「大丈夫じゃないの!千春ちゃんは可愛いんだからもっと女の子としての自覚を持ちなさい!」
ああでもないこうでもないと矢継ぎ早に紡がれていく言葉に目を白黒させて、私はキャパオーバーになる前に手で制止をかけた。
「で、でも……火災保険が下りるまではお金もないですし、毎日ホテルなんて泊まっていられません……」
ちょうど給料日一週間前の私に一泊五千円を超えるような宿泊施設に泊まる余裕なんてない。
せめても下着や洋服など日常生活に困らないためのものを買うだけで精一杯。
実家に帰ろうにも新幹線で片道二時間。そこからバスで一時間。とてもではないが、毎日のように職場に通うのは厳しいものがある。
そこまで説明をすると、土田さんは困ったように眉をひそめて人差し指で自分の唇をなぞる仕草をした。
癖なのだろうか。仕事中、行き詰まった時などに彼がよくする動作だ。