ハニートラップにご用心
「金融機関にお金を借りるとか?」
「ええ……借金はちょっと……」
したくない、と言いかけて鼻をつまみ上げられた。
「この期に及んでアンタは何言ってんのよ」
美形の怒った顔は迫力がある、と誰かが言っていたが、実際に目の当たりにした今なら全力で首を縦に振れる。
般若のような形相の土田さんに圧倒され肩を竦めるた。そんな私の恐怖には気付かず、土田さんは腕を組んで唸り声を上げながら首を捻った。
「……落ち着くまで、アタシの家に来る?」
まさに苦渋の決断、と言ったように絞り出された言葉。私は目を丸くして彼のデスクに手をついて身を乗り出すようにした。
「いいんですか!?」
「食いつき半端ないわね」
手をついた先が零れたコーヒーの水たまりとなっていたので思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
すかさず土田さんから差し出されたピンクをベースにした小花柄のハンカチを反射的に受け取って、思わず凝視した。こんな可愛いハンカチをコーヒーを拭くのになんか使えない。
「ティッシュで大丈夫です……」
「そう?」
コーヒーの染みを作ってしまえば元通り綺麗に戻すのはなかなか難しいだろう。
そう思ってハンカチを突き返すと、代わりにと懐から薔薇の柄が描かれたポケットティッシュを取り出してハンカチと交換する形で握らされた。
「こんな可愛いの、どこで買ってくるんですか?」
「ふふ、最近お気に入りの雑貨屋さん。今度千春ちゃんも連れて行ってあげるわね」
こんな美青年が雑貨屋で女性向けのグッズに囲まれて真剣にメルヘンな小物を買い漁っているのかと想像して少し複雑な気持ちになってしまった。
◆◆◆◆
「自分の家みたいにくつろいでいいからね」
私の知る土田恭也という人は、成人男性の見た目をしながら上品な夫人のような丁寧な語り口で話す。世間一般的に見るとオネエと呼ばれるそれだ。
加えて持ち物のほとんどがパステルカラーでメルヘンなものばかり。彼の鞄の中はきっと色とりどりの花が咲くお花畑に違いない。
そんなイメージは一気に覆されることとなった。