ハニートラップにご用心
「土田さん、私……」
「大丈夫、間に合ったわよ。取引先も怒ってない」
紡ごうとした私の声を遮って、土田さんが私の肩に手を置いた。弾かれるように顔を上げると、土田さんと柊さんが真っ直ぐに私を見ていた。
二人の少しだけ乱れた髪の毛を見て、自分のミスで二人も巻き込んでしまったことを改めて実感して、喉の奥が締め付けられるように痛い。
「ほ、本当に……申し訳ありませんでした……!」
再び深く頭を下げると、いきなり頭を両手で挟まれて半ば強引に頭を上げさせられた。
「あのね、よく聞いて。千春ちゃん」
涙で滲んだ視界で土田さんの表情を見ることはできない。泣いてしまわないように唇を噛む。
「アタシもきちんと発注ができてるかとか、千春ちゃんに声かけてたり確認をしっかりしていればこうならなかったの。アタシの監督不足が原因だわ。その責任を自分で果たしに行っただけ」
「でも、元はといえば私が……」
二の句を次ごうとする私の唇に土田さんの綺麗な人差し指を添えられた。
「終わったこと。もうこの話はおしまいね」
「……あの」
いくら何でもそれは甘やかしすぎではないか、と言おうとして、土田さんが急に表情を無くしたので威圧感に口を閉ざしてしまった。
「そんなに口を塞がれたいの?」
そう言って目と鼻の先まで顔を近付けてくるので、私は慌てて彼の肩を押した。
「す、すみません!それは大丈夫です!ありがとうございました……柊さんも」
それまで黙って私と土田さんのやり取りを見ていた柊さんは急に話を振られたことに少しだけ驚いたのか肩をピクリと揺らした。
それから、ニッコリ笑って私の右手をすくい上げるように取った。
「桜野、約束のちゅーを……ガハッ!」
土田さんが振り上げた左手が隣に立つ柊さんの顎にストレートに入った。呻き声を上げて、柊さんが床に膝をつく。
「あら失礼。蚊が手に止まったから、払おうと思って」
「この時期に蚊なんて滅多にいねえけどな……!」
少しだけ赤くなった顎をさすりながら、柊さんはため息をついて立ち上がった。
「……別に本気で横取りしようなんて考えてねえよ」
柊さんが小さな声で何かを呟いた気がしたけど、私には内容までは聞き取ることができなかった。