ハニートラップにご用心
「少なくともオレは、君のことなんてちょうどいい欲望のはけ口なりそうだな、くらいにしか思っていなかったけど」
そんな言葉を投げかけられて、一瞬私の頭の中は真っ白になって思考停止した。
「ほぼ初対面の男に簡単に着いてくるからどんな尻軽かと思ったら、処女とか笑わせんなよ」
言われていることの意味を全て理解して、私は脳みそまで沸騰してるんじゃないかと思うくらいに耳を真っ赤にして彼を睨みつけた。
声を上げて下品に私を嘲笑うその男に向かって、私は手元にあった枕を投げ付ける。無意識下の防御反応として山本さんが枕を回避しようと腕を振り上げると、スーツの胸ポケットから何かが飛び出してきた。
数秒遅れて響いた金属音。見れば銀色の輪を描いた――結婚指輪のようだった。
「既婚者、だったんですか」
怒りや悲しみで震える声でそう問いかけると、男は顔を醜く歪めて左手のひらを見せつけるようにしてきた。よく見ると、左手の薬指にリングの跡がくっきり残っている。
「嫁さんももういい歳だし、たまには若い子と遊びたいなって思ったんだよ。ほら、男の本能だし、仕方ないだろ?」
私だけじゃない。この男は、自分が選んで愛した女性までも……。
「……っ、女性をバカにするのも、大概にしてください!」
わかってる。彼だけが悪いわけじゃないってこと。
素性をほとんど知らない相手を一瞬でも好きになって、信じて騙された私は、こうしてバカにされても仕方ないほどの大バカなのだから。
親睦会と称した合同コンパであったことから、その後のことまで全て土田さんに話して、私は堪えきれずに涙をこぼした。
「どうして……」
手の甲を唇に押し付けて、声を押し殺して涙を流す。抑えきれない嗚咽が唇の隙間から漏れ出て、涙と一緒に空気に少しずつ溶けていく。