ハニートラップにご用心
「……男なんて、みんなバカな生き物よ」
それまで神妙な面持ちで黙り込んでいた土田さんが、ゆっくりと重たい口を開いた。
その言葉に、私は半ば八つ当たりのように声を上げた。
「土田さんも、同じなんですか」
信じたい。知りたくない。何も分からないバカなままでいたいのに、そう聞かずにはいられなかった。
土田さんは憂いを帯びた長いまつ毛を少し伏せて、静かに答えた。
「ええ。もしかしたら、その山本って奴よりバカかもしれない」
手の中に爪痕が残りそうなほどに強く握った私の拳の上に、土田さんの大きな左手が添えられた。
「失恋したバカで可愛い女の子を、どうにかして慰めてあげたいと思っている、大バカ野郎だわ」
弾かれるように彼を見れば、当然ながら運転中である彼は私の方を見たりはしない。それでも、心の全てを見透かされたような感覚に支配されて言いようのない恐怖を覚えた。
「……みんな簡単に付き合ったり別れたりするけど。恋って、本当はそんなに簡単なものじゃないと思うの」
ゆっくりとブレーキをかけられて、タイヤとアスファルトの擦れる音が静かな夜を揺らがせた。
気付けば土田さんのマンションの駐輪場に到着していた。土田さんは私から手を離して、血液の流れが止まるくらい両手で強くハンドルを握りしめて、俯く。
「本当は」
黒髪に隠れて、その表情は確認することができない。