ハニートラップにご用心
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営業の人が一人で営業回りに行った日は大抵、そのまま直帰することが多い。
彼が会社に戻ってくる可能性はほとんどないので私もそのまま退勤後真っ直ぐ土田さんの家に帰ることにし、彼の自宅の扉の鍵穴に合鍵を差し込んだところで手を止めた。
同居を提案された次の日の朝に、これがあった方が便利だろうと彼から手渡されたもの。やけに用意が良いと思っていたが、今日聞いた話でようやく合点がいった。
鍵がかけられていないことに気が付いて、合鍵をキーケースにしまい扉を開ける。玄関には脱ぎ捨てられた土田さんの革製の黒靴が転がっていて、私は視線をリビングの扉に移した。
もうすっかり日が暮れているというのに、電気もついていない。後ろ手で鍵を閉めて靴を脱ぐ。
自分の靴と土田さんの靴を並べて揃えて玄関のフローリングを踏みしめる。下に溜まっていた冷気に晒された足首から悪寒が走る。
リビングの扉を押し開けて、ほっと息をついて扉のすぐ隣にある電気のスイッチを入れた。
「電気もつけないで、どうしたんですか?」
ソファの背もたれに完全に身体を預けて、普段の隙を見せない土田さんからは想像できないほどに気の抜けた姿で座っていた。
着替えようとスーツを脱ぎかけたらしく、ネクタイを途中まで緩めて上着はソファの上にくしゃくしゃになっている。