ハニートラップにご用心
「お前が中途半端に優しくしたり、期待させるようなことすっからだろ」
柊の言葉に何も言い返せず、俺は黙り込んだ。
自分としてはこれといって心あたりはないが、柊曰く俺は男として意識させてしまう行動を取ってしまうことがあるらしい。
「そういえば、新卒で入って来る可愛い女の子、お前のパートナーになるって」
「は?」
また女か、と顔に出してしまっていたのか柊は腹を抱えて笑った。何がそんなにおかしいのかはわからないが。
「今度は仲良くやれよ?営業と事務は持ちつ持たれつの関係なんだからな」
柊に言われた言葉を思い出しながら、目の前に立つ怯えたような目で俺を見上げる小さな女を見つめた
「さ、桜野千春です。あ、あの……今日からよろしくお願いしますっ!」
おどおどしていて自己紹介すらスムーズにできない目の前の女に全く苛立ちを覚えなかったかと聞かれたらハッキリとノーとは言えない。
この女も外面だけが良いという可能性があり、腹の中では何を考えているかわからないのだ。警戒心を剥き出しに頭の先から爪先を睨みつけるように眺めると、桜野千春、と名乗った女はオオカミに首根っこを掴まれたウサギのように縮こまるからそれがおかしくて、自然と口元から笑みがこぼれた。
異性から余計な感情を抱かせずに仲良くする方法。最初こそ失恋のショックで土田恭也がおかしくなった、と噂をされたがそんなのも一ヶ月経てば誰もが忘れて生まれ変わった俺を受け入れていた。
真面目な場ではきちんと男として振る舞うため直接文句を言ってくる者はいない。
怯える女に向かって、手を差し出した。
「土田恭也よ。困ったことがあったら、何でもアタシに頼ってちょうだい」
恐る恐る伸ばされた白い手を握りしめると、微かに静電気のようなものを感じた気がした。