ハニートラップにご用心
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あの夜、千春に俺と元カノのことを包み隠ず全て話した。真っ直ぐに全てを打ち明けてくれて彼女の誠実さに向き合うために。なんの引け目もなく彼女と付き合えるように。
そしてその流れで千春から告げられたことに、俺は非常に腹を立てていた。朝から不機嫌丸出しで千春を連れて車で通勤。オフィスに入って一番に、俺が腹を立てている最大の原因の人物が視界に入って、額に青筋を立てた。
俺を引き止めようと腰に巻きついてくる千春の小さな身体を引きずりながら、柊のいるデスクの前まで大股で歩み寄る。こんなところを見られたら変な噂が立ちかねないが、幸い今は朝礼前で俺達三人以外は誰もいない。
「柊」
低い声で呼べば、仕事で使うらしい資料をファイルの中に入れている最中の柊がきょとんと顔を上げた。
「土田、桜野、おはよ。その様子だとついに付き合い始めたんだ?」
「ええ、お陰様で」
にっこり笑って、握りしめていたものを柊のデスクに叩きつけた。
「この首輪はアンタに返すわ」
「つ、土田さん!それは私が了承して受け取ったもので……!」
どうか柊さんを責めないで、と必死になって俺のスーツを引っ張ってくる千春に愛しさ半分、苛立ちを感じていた。
柊に突き返したのは、千春が彼にもらったというネックレスだった。付き合う前だったとはいえ他の男にもらったものを所有しているのは許せない。
子供じみたくだらない独占欲だということも、わがままな考えだということも十分理解している。しかし、感情と思考は必ずしも一致するわけではない。
「お前さ、桜野のことどんだけ待たせたと思ってんだよ。お互いにずっと前から大好きだったくせにな?」
千春の口からも聞いた、柊の俺に対する苦言。
柊はそれを自分の口で再生して、返品されたネックレスを指先でつまみ上げて、その飾りの水晶を朝日に照らすように掲げた。
「お祝いだと思って受け取ってよ」
その言葉に、俺は今更この男の手のひらに踊らされていたことに気がついた。全てはこの男による計算尽くされた物事の結果。悔しいが、こいつは俺にも千春にも気付かれないように仲を取り持っていたのだ。
こんな男に助けられるなんて、と悔しさで思わず出そうになる手を必死に千春に抑えられる。
柊はいつものように楽しそうに白い歯を覗かせて笑っていた。