ハニートラップにご用心
「あら、千春ちゃん」
私の姿を捉えた土田さんは驚いたように目を丸くしている。私は挨拶をして慌てて頭を下げる。雪が溶けたあとの水滴がポタポタと床を濡らして、私は小さく悲鳴を上げた。
これ以上被害を拡大しないため、コートをそっとハンガーにかけ、ハンガーラックに収めた。
「ねえ、千春ちゃん」
濡れた床を拭こうと部屋の隅にあるロッカーからモップを取り出すと、おもむろに土田さんが声をかけてきた。
「はい、何でしょう?」
モップを持ったまま振り向く。土田さんは少しだけ不安そうな顔をして、再び口を開いた。
「……さっきの電話、聞いてた?」
「いいえ、大したことは聞いてないです」
準備がどうとか、最初に聞いたことしか耳にしていない。上司とお客様の電話を盗み聞きするのは失礼かと思い、扉から離れて待っていたから。
私の返答に、土田さんは少しだけほっとした表情を見せた。
「そう。何でもないわ」
そう言ってまた黒い瞳を不安の色で揺らした土田さんに、少々の違和感に似た何かを感じたものの、上手く言葉にできずに私は頷くしかなかった。