ハニートラップにご用心
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今年の仕事も今日で終わり。
会社自体休みになるので、しばらく仕事や会社のことを考えずに済む……はずが、当然気にするなと言う方が無理な話で、私はもやもやとした気持ちで土田さんの座るソファの隣に腰を下ろしていた。
画面越しにお笑い芸人がネタを披露して会場が上げる笑い声を聞き流しながら、私は隣にいる土田さんを横目で盗み見た。
いつも通り、なんの変化もない。
グレーのスウェットで上下を揃え、お茶の入ったマグカップを両手に抱えてテレビを見ている。怖いくらいにいつも通りの土田さんが、そこにいる。
タイミングを計って海外転勤のことを切り出そうと考えているのかとも考えたけど、それならいつだってチャンスはあったはずだ。それこそ、今だって切り出すことは出来るのに、そんな素振りが一切ない。
このまま、黙って私を置いて行くつもりなんじゃ――と嫌な考えが過ぎって涙が滲んできた。
隣で泣き出した私に気が付いた土田さんはぎょっと目を見開いてマグカップをテーブルに置いた。私の肩を優しく掴んで、顔を覗き込んでくる。
「どうしたの千春ちゃん?どこか痛い?」
ポロポロと大粒の涙をこぼす私に、子供をあやす母親のような声音と表情で、土田さんが接してくる。
大きな手が頬を包み込んでその黒い瞳と目が合うと一層悲しみが込み上げてきて、ぶわっと栓が外れたように涙が滝のように溢れ出ていく。