悪役令嬢の華麗なる王宮物語~ヤられる前にヤるのが仁義です~
クロスを持った右手は背中に。左手でスカートをつまんで軽く腰を落とし、挨拶する。


「王太子殿下、ご機嫌よう。わたくし、所用がありまして急いでおりますので、失礼いたします」


今日も彼は見目麗しい。

螺旋階段は四階までの吹き抜けになっていて、天窓からは夕暮れ間近の柔らかな光が降り注いでいる。

彼の胡桃色の髪は黄金色に輝いて見え、青き瞳は海のようにキラキラと光を映していた。

眩しいほどに輝いている彼から視線を外し、その横を通り過ぎようとする。

けれども左腕を掴まれ、先に進むことを阻まれた。


「髪飾りが斜めになっているよ。直してあげるから少しだけ待って」

それが私を引き止めた理由のようだ。


横髪に留めている髪飾りは、彼から贈られた、銀製のバラの形をしたものだ。

結構ですと振り切ることもできそうだけど、それは得策ではない。

そんなにも急ぐ必要のある所用とはなにか、と怪しまれそうな気がする。

それで仕方なく王太子の方に体を向けたら、形のよい唇が緩やかに弧を描いた。


彼は私の耳の上あたりに手を伸ばし、髪飾りを一度外してから横髪に留め直してくれた。

私のまっすぐな長い髪に五指を潜らせ、その感触を楽しむかのようにゆっくりと梳いて指先から滑り落とす。

そして「この髪飾りは君の髪によく似合っている」と低く響く魅惑的な声で褒めてくれた。

その途端、私の心臓が大きく跳ねたのは、どうしてなのか。

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