悪役令嬢の華麗なる王宮物語~ヤられる前にヤるのが仁義です~
褒められ慣れている私は、その程度で胸を高鳴らせたことはない。

思わせぶりな言葉で口説こうとする男性には、これまで辟易としていたというのに、彼の言葉は他の青年貴族とは違った響き方をした。

左手を胸にあてて考える。

まさかこれが、ときめきという感情なの……?

そのような疑問が湧いたが、すぐさま心の中に否定の言葉を探し出した。


鼓動が速まるのは、仕返しについて彼に気づかれることを恐れているからよ。

早くこの場を切り抜け、テーブルクロスを応接室に持っていきたいと、気持ちが急いているせいかもしれないわ。


褒められたことに対し、「ありがとうございます」と、努めて淡白な声と表情でお礼を述べたら、目を瞬かせた彼にクスリと笑われた。

大きな右手が私の頬に触れ、親指の腹で軽くこすられて、「この赤みは化粧のせいではないようだね」と、からかわれてしまった。


思わず彼の手を払ってしまい、左手で赤いと指摘された頬を押さえる。

するとプッと吹き出し笑いが聞こえ、よしよしと頭を撫でられた。

静まるどころかますます鼓動が高鳴るから、「失礼いたします」と私は慌てて彼から離れ、次のステップに足を踏み出す。

「オリビア、またね」と笑いを含んだ声をかけられても振り向かずに、一階まで逃げるように駆け下りた。

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