イジワル外科医の熱愛ロマンス
講義を終えて医局に戻ってきた木山先生に相談しようと、私は縋る思いで声をかけた。
彼はデスクに教材を置きながら、「ん?」と訊ね返してくれた。
事務のデスクで聞き耳を立てている美奈ちゃんを気にして、声を潜めて用件を告げると、木山先生は察してくれたようだ。


隣の応接室に場所を変えて、私の話を聞いてくれた。
初めは穏やかだった木山先生の表情が、少しずつ険しくなっていく。
私が話し終えると、彼はふうっと小さな吐息を漏らした。


「出張に同行ときたか。やれやれ。宝生先生、本当に本郷さんにご執心なんだな」


木山先生はからかうように、「はは」と乾いた笑い声をあげる。


「で、ですから、ご執心とかそうじゃなくて……」


否定しながら、自分でも途方に暮れて言葉に詰まってしまう。
そんな私を横目で見遣り、木山先生はそっと肩を竦めた。


「でもさ。元婚約者なんだし。『仕事で一緒に街を歩く』くらいのことは、嫌がらないであげたら?」


どこか窘めるような口調に、私は言い淀む。


木山先生の言葉は、上司としてもっともだ。
もちろん私だって、それはよくわかっている。


木山先生も、私と祐の『元婚約者』という関係は、家同士の繋がりだけの政略結婚色が強い、ということは感じ取っていると思う。
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