イジワル外科医の熱愛ロマンス
私は、彼を視界の端で意識しながら、小さな声で呟いた。


口をほとんど動かさず、くぐもった声で言ったから、祐には聞き取れないくらい不明瞭な音でしかなかったようだ。
彼が訝しげに首を傾げて、「あ?」と聞き返してくる。
私は目を伏せ、黙って首を横に振った。


「なんでもありません。聞き流してください」

「おい」

「あの……そこまで言うなら、今からでも訴えてください。その代わり、仕事以外でこうやって話しかけたりしないでください」


大きく息を吸って気持ちを落ち着けてから、私は淡々とした口調で言い切った。
それには、祐が眉をひそめる。


「話しかけるなって……なんでそこまで」


ちょっと戸惑うような色を声に滲ませた祐に、私は無言で頭を下げた。
彼の顔を見もせずに、その腕を払うようにどけて、横を擦り抜ける。


「っ、おい、雫!」


先にお店に戻ろうと、足を踏み出した私の背に、彼の声が浴びせられる。
それを聞いて、「あ」と言いながら、ピタッと足を止めた。


「もう一つお願いです。医局で私を名前で呼ぶような失敗、絶対にしないでくださいね」

「え?」


短く聞き返してくる祐を、私はやっぱり目線を落としたまま顔だけで振り返った。
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