イジワル外科医の熱愛ロマンス
「ご、ごめんなさい」


同じく小声で謝って、再びシャキッと背筋を伸ばす。
祐の方は、しっかりとシートに身を沈め、長い足を組み上げている。
時折目を閉じて、やはり私と同じように極上の音楽に酔いしれているようだ。


ベートーベンの交響曲第五番。
『運命』という名称で親しまれるこの曲は、世界で最も有名な交響曲と言っても過言ではないくらい、人気のある楽曲だ。
もちろん、私も大好きな曲。
きっと祐も……昔と変わらず、好んでいると思う。


まだ幼い頃、一緒にピアノを習っていた時は、お互い自分の好きな曲のことを興奮気味に話したものだ。
祐は意外と哀愁漂う曲を、私は心が高揚する弾むような曲を好む。
『お互い、性格と好みはリンクしないもんだね』と言って、大笑いしたこともあったっけ。


でもこの『運命』は私と祐の異なる好みにもマッチして、二人でよく連弾した思い出がある。
すっかり忘れていたけど、ちょっと甘酸っぱい記憶が蘇り、私の胸をくすぐる。


今更なにを思い出してるんだろう。
そんな気分で自嘲しながらも、なぜだか胸がきゅんと疼いた、その時。
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