イジワル外科医の熱愛ロマンス
「そう……ですね」


短い返事をして、彼と同じようにシートに深く寄りかかり、身体から力を抜いた。
頭も背もたれに預けて、高い天井を仰ぐ。


こんな風に、音楽の話を人とするのは久しぶりだ。
そしてその相手が祐だから、落ち着かないのにドキドキして、私はなんだかちょっと嬉しくなってしまう。


「なんか懐かしい……ですね」


目を閉じて演奏に聞き入っている祐には、私の独り言は聞こえなくてもいい。
だから私は返事を待たずに、祐に倣ってそっと目を閉じた。


祐が好きな第三楽章は、聴力を失ったベートーベンの苦悩を表していると言われる。
チェロとコントラバスの低音に、他の楽器が畳みかけるような構成が、ちょっと不気味な印象を漂わせる。
子供の頃は怖いと思ったこの第三楽章が、今私の胸を強く揺さぶる。


祐と並んでゆったりと目を閉じて聞いていると、彼の心にシンクロしそうな、不思議な感覚に陥った。
大人になった今でもこの曲がとても好きだと思うのは、もしかしたら、楽しかった子供の頃を思い、深い郷愁に駆られるせいかもしれない。


自分の口で発した『懐かしい』という言葉に導かれて、私はそんな思いに達した。
その時。
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