炭酸アンチヒーロー
先ほどの守備でのファインプレーが選手たちを勢いづかせたのか、次の回の藍坂高校の攻撃はすごかった。

まず先頭打者が、セカンドの脇を抜けるヒット。その次の打者は、綺麗にバントを決めて。

きちんとボールを選んだフォアボールの後、さらに内野安打で満塁。

そして、打ち上げてしまったフライを相手キャッチャーが取り、ツーアウトなおも満塁で迎えたバッターは──。



《……8番、キャッチャー辻くん。背番号2》



審判に一礼した辻くんがバットを持って伸び上がり、相手ピッチャーを見据えて構える。

最初は、ボールがふたつ続く。崩れてるのかな、と思い一瞬気が逸れそうになったとき、バットをかすった球がバックネットに当たるファール。

そして、4球目は変化しながらぐっと内側に入ってきたボールを空振って、ストライク。



「ん~、追い込まれちゃったね……」

「うあ~辻っち~!」



ふたりの声を聞きながら、私はまた知らず知らず、祈るように胸の前で両手を組んでいた。

ドキドキが止まらない。バッターボックスの辻くんに集中しているせいで、周りの音すべてがどこか遠くに聞こえる。

足元をならし、ブラブラとバットを振って、彼はまたぴたりと構えた。

揺るがない、迷いのないその眼差し。いつかの放課後、部活中にも見せていたあの表情。

私は、やけに落ち着いた気持ちですうっと大きく息を吸った。


だって、おととい彼は。

辻くんは、私に。



『……うん、さんきゅ。俺がんばるよ』



だから、私は。



「──辻くんっ、打てーっ!!」



ピッチャーの手からボールが離れる。辻くんが足を踏み込む。

キン、と高い音が響いた。
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