炭酸アンチヒーロー
「辻くん!」



私の呼びかけに反応して、ユニフォーム姿の彼はゆっくりとこちらを振り向いた。

今朝の夢のように、その隣に知らない女の子の姿はなく……代わりに、大きなエナメルバッグを肩に掛けている。



「……蓮見」



つぶやいた彼の言葉は、周りの喧騒やセミの鳴き声にかき消されることなく、私の耳に届いた。

部員たちの保護者や友達も集まっている中、私たちの様子に特別注目しているような視線はない。『おめでとう』と労う声が、いたるところから聞こえていた。

──先ほどまで行われていた試合の最終的なスコアは、5対0。我が藍坂高校の勝利だ。



「……勝った、ね」



ふたりの間にある距離は、数メートル。

最初に私の口からこぼれ落ちたのは、なんのおもしろみもないそんな言葉だった。

それでも泥だらけのユニフォームを着た辻くんは、ふっと口元を緩める。



「勝ったよ。……蓮見が見てくれてるなら、絶対勝てるって思ってた」



浮かべた笑みを、真剣なものに変えた。

まっすぐな瞳で、彼は言う。



「……返事、聞かしてくれんだろ?」
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