炭酸アンチヒーロー
「……変なの。私気づけば、辻くんのことばっかり考えてた」



そんな自分が、許せなかった。

ちゃんと、前の恋を忘れることができたら。心の中をからっぽにできたら。

またいつか、他の人をって。

そうじゃないと、きっと、相手にも嫌な思いをさせてしまうと思ったから。



「だから、私……時間、かかっちゃって……」



無言の彼が、1歩、こちらに向かって足を踏み出したのがわかった。

話しながら熱くなってきてしまった目頭に、私は必死で力を込める。

ああ、だめだ。今私が泣いたら、辻くんを責めているみたいになってしまう。辻くんが、困ってしまう。

こらえようと歯を食いしばっても、どんどん涙がたまってくる。

また1歩、辻くんが近づいた。



「……なあ、蓮見。俺、わかんねぇ」

「──、」

「わかんねぇから……はっきり、言って」



やっぱり彼は、意地悪だ。

きっと頭の良い彼は、私の言いたいことに気づいてる。

……だってその口元が少しだけ笑ってるのは、気のせいじゃないでしょ?


だんだんと近づいた距離は、もう私が見上げないと、彼の顔が見れないところまで来ていた。

私はすっと、先ほどの彼の打席のときみたいに、息を吸う。
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