炭酸アンチヒーロー
──すきな人。

その言葉で真っ先に思い浮かべるのは、私の場合、隣のクラスの金子充(かねこみつる)くんのこと。

笑顔が素敵な金子くんはバスケ部で、すらっと背が高くて、さわやかな明るい性格で、そんなだから人気者で。

私は以前何気なく観たバスケの練習試合をキッカケに、あっさりと恋に落ちてしまった。

接点なんて、何もない。会話したのはいつだったか、金子くんも含めたバスケ部男子数人と廊下ですれ違ったとき「お疲れさま」と思いきって声をかけたら、「おーさんきゅー」と返ってきたことくらい。

隣のクラスとはいえ、きっと金子くんは私の存在にすら気づいてないと思う。だって私には、特別かわいいとか優秀だとか、目立つ特徴なんて何もないんだもん。

それでも私は、ただ彼の姿を遠くから見ているだけで十分しあわせで。


……なのに、神様。

欲なんて、出さなかったのに。どうして脇役に徹していた私へ、こんなむごい仕打ちをするのですか。



「金子くん、中井(なかい)さんのことがすきだったんだ……」



小さく落としたひとりごとは、ひとけのない廊下にさみしく響いた。

ぐらぐらと足もとが揺れている気がする。突然我が身を襲ったショックに、頭がついていかない。

ああでも、ここに立ちすくんだままだと盗み見に気づかれてしまうかも。

働かない脳内の片隅でそう思い至った私は力の入らない足に逆らうことなく、ふにゃりとその場に腰を下ろした。うん、これなら、中庭から自分の姿は見えないだろう。

壁に背を向けるように体育座りをして、ぎゅっとひざを抱え込んだ。
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