炭酸アンチヒーロー
「あ、辻~!」



昼休み。3年の教室が並ぶ2階の廊下を歩いていた俺を背後から呼んだのは、聞き覚えのある声だった。



「……おー、金子」

「よっす。2組から出てきたってことは、塚田(つかだ)んとこ?」

「あたり」



足を止めて振り返った先にいたのは、声で予想した通りの人物。同級生で男子バスケ部に所属している、金子だ。

今日も相変わらず、女子にキャーキャー騒がれるさわやかイケメンである。とはいえ、男の俺にしてみればなんの感慨もない。軽い挨拶とともに投げられた質問には、愛想ゼロの無表情でうなずいた。

するとにゅっと伸びてきた手が、なぜか俺の左頬をつまんで軽く引っ張る。



「辻~、その真顔こわいわ! スマイルスマイル!」

「おもしろくもないのに笑えるかよ。俺、おまえみたいにお手軽な人間じゃねぇし」

「なんで俺今さらっとディスられたんだよ!? 辻機嫌悪い?!」

「別に悪かねぇよ。通常運転だ」



頬をつまむ手をチョップで叩き落としながら俺が放ったセリフに、金子はショックを受けたらしい。とりあえず、「まああまり気にすんな」とフォローはしておく。めちゃくちゃ釈然としない表情を向けられているあたりはスルーで。

出身中学も、クラスも部活も違う。一見なんの繋がりもなさそうな俺たちには、“2組の塚田”という共通点がある。

金子と塚田は同中、その塚田と俺は同じ野球部。

塚田を経由して俺たちはいつからか、顔を合わせれば自然に会話をする程度には親しくなった。

金子は自販機を利用しに行っていたのか、右手にブリックパックのコーヒー牛乳を持っている。



「そういや金子、彼女できたんだって? おめでとう」



ああ、我ながらわざとらしい。

内心ではそんなことを考えながら、何気ないふうを装う。金子は拗ねた顔を一転、「さんきゅ」と照れくさそうに緩める。

──一瞬、あの日廊下で泣いていた、アイツの顔が思い浮かんだ。
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