炭酸アンチヒーロー
「ちょっとゆーすけ! 後輩イジメてんだったらあんたの分のドリンク用意しないよ!」

「琴里(ことり)おまっ、それはカンベン!!」



バインダーを抱えベンチから声を張り上げているのは、我が野球部の敏腕最強マネージャー。同級生の汐谷琴里(しおやことり)だ。

その隣で、後輩マネたちがあわあわとあせっているのも見える。



「くそ琴里のヤツ、職権乱用しやがって……!」

「琴里せんぱーい、今ユウ先輩が琴里先輩のこと職権乱用とか言ってましたー」

「なんだってー!?」

「てめーあずまーッ!!」



東の告げ口を聞いた汐谷は、今にもベンチからこちら、正確には悠介のもとへと掴みかかりに来そうだ。

こんなことは、野球部内で見慣れたもの。周りでやり取りを聞いていた部の奴らも、また始まったと苦笑や楽しげな笑みを漏らしている。



「もう知らない! 悠介なんか干からびてしまえ!」

「干からびるとかやめろよマジで!」



ぷいっと顔を背けてマネ業を再開しようとした汐谷に、悠介がすかさずツッコミを入れた。やはり、今日も軍配は汐谷に上がるらしい。

いつもこんなケンカまがいのことばかりしている悠介と汐谷。実はこのふたり、1年ほど前から付き合っていたりする。

ウチの野球部は部内恋愛禁止なんてルールはないから、部員全員の公認だ。

だいたい悠介が何かをやらかして、汐谷に怒られるパターン。付き合う前からこんなやり取りは変わっていなくて、しかも揃いも揃って俺に恋愛相談してきたりしていて……まったく、はた迷惑なカップルだ。



「相変わらず激しくておもしろいすね、ユウ先輩と琴里先輩」

「東、おまえが言うな」



俺たちの視線の先には、未だ言い争うエースとマネージャー。

このケンカップルを見ていて、“うらやましい”だなんて感情は、さらさら起きないけど。


それでもときどき無性に、強く思ってしまう。

今はまだ切なく揺れるあの瞳が、早く、自分だけを映すようになればいいのにと。
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