炭酸アンチヒーロー
「蓮見?」



バッと勢いよくうつむいて、返事なし。……なんだこれ、なんかこの状況じわじわあせってくるな。



「あー、いや、まあ、さっきのはほとんど『ケンちゃん』のおかげで助かったんだけどさ。ほんと、ナイスな働きだったな、あいつ。まあどこのどいつかは知らねぇけど」

「………」

「つーか、男が男にちゃんづけってのはどーいう……」



自分でもわかるくらい、らしくもなくべらべらと口を動かす。いやだって、沈黙が気まずいんだっつの。

そして途中、床に視線を落としたままの蓮見が、何事か小さく言葉を発しているのに気づいた。

途切れ途切れのその声を聞き漏らすまいと、俺は耳を傾ける。



「……わ、私っ、は」

「あ?」



話を促せば、再びパッと顔を上げた蓮見。

俺を見上げる彼女の頬は、なぜか赤く色づいていて。



「私はっ、金子くんのああいうお茶目なところもすきだったんだもん……!!」

「は、」

「じゃっ、じゃあね辻くんっ」



しどろもどろながらそう言い残した蓮見は、どこか慌てたようにセミナー室の中に体をすべり込ませる。

そのままピシャリと、軽く音をたてて扉が閉められた。


……知ってる。

おまえが金子のことをすきなんて、そんなの、知ってる。

俺のことなんてこれっぽっちも見ていないって、わかってる。



「……わざわざ言うなっつの、そんなこと」



小さく落としたつぶやきに、返事なんてない。

彼女が姿を隠す前に言い残した言葉が、頭の中でぐるぐるとリピートして。

きっちり閉じた目の前の扉を見ながら、俺はしばらく、その場に立ち尽くしていた。
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