炭酸アンチヒーロー
彼、辻 紘斗(つじ ひろと)くんは、一言で表すと無愛想な人、だと思う。

相手はクラスメイトなのに我ながら曖昧な表現しか出てこないのは、さっきも考えたとおり、私たちが直接言葉を交わしたことは数えるほどしかないからで。しかもその全部が、何か事務的なことだったような……。

短く切られた黒髪はツンツンしていて、太っているわけじゃないけど体格のいい辻くんは、力強いつり目とも相まってなかなかに存在感がある。

イメージとしては白より黒、ボケよりツッコミ、ココアよりコーヒー。

男子相手では普通にフレンドリーだけど、女子とはあまり積極的に話す方ではないみたい。硬派ってやつなのかな。

まあ、そもそもちゃんと話したことがないから、私のこの評価が本当に正しいのかすらよくわからないけれど。



「……辻くんは、こんな時間にどうしてこんなところにいるの」



たしか辻くんは、野球部のはずだから……普通なら、この時間帯はまだ部活中なんじゃ?

そう考えて、遅ればせながら訊ねる。すん、と鼻をすする私の頭に片手を乗せたまま、辻くんは片眉を上げて『今さら?』とでも言いたげな顔をした。



「野球部の奴に借りてたノート、教室に忘れてさ。そいつ今日宿題すんのに使うらしいから、覚えてるうちに休憩時間使って取りに来た」

「へー……そっか」



言われてみれば、辻くんが今身につけているものは泥のついたユニフォーム。練習中とか試合のとき、野球部が着てるやつだよね。

どうやら金子くんのことがショックすぎて、私は今の今までちゃんと周りが見えてなかったみたいだ。

うちの野球部って、たしか結構強い方なんだっけ。辻くんはポジションどこなんだろ……なんて、私野球は全然詳しくないんだけどさ。
< 5 / 159 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop