炭酸アンチヒーロー
「つ、辻くんが照れてるとか、変……!」

「おまえあれか、俺に喧嘩売ってんだな」

「めめめ滅相もございません……っ!」



私の失言に、辻くんはじっとりした眼差しですかさずツッコミを入れた。我ながら失礼なことを言ってしまったと思う。

口では謝罪をしつつ、私は辻くんと向かい合ったままじりじりと後退した。

そうして自分の席までたどり着くと、机の上のかばんをひっ掴む。そこでようやく彼に背を向けて、教室の出入り口までダッシュした。

理由は簡単。今さらながら先ほどの自分の言動が、ものすごく恥ずかしく思えてきたからだ。



「ちょっ、はす」

「そそそそれじゃあ辻くん、また明日教室でお会いましょう!」

「は、おい……っ」



完全に言い逃げである。うしろからかかった声は聞こえないフリで、私は廊下へと飛び出した。

そのまま今度は、スカートを翻しながら廊下を駆け抜ける。


どくんどくんどくん。心臓の音が速い。──でもこれは、運動不足なくせに全速力で走っているせい。

落ち込む背中や、照れて不本意そうな辻くんの横顔が、頭から離れない。──でもそれは、今まで見たことがなかっためずらしい表情だったせい。

頭の中で、自分に言い訳する言葉を必死に並べたてた。



「……ッど、どうし、よう……」



たどり着いた生徒玄関の下駄箱に片手をつく。浅い呼吸を繰り返して乱れた息を整えながら、小さくつぶやいた。

だめだ。だめだだめだ、だめだ。

下駄箱から離した手で、そっと頬に触れる。……熱い。

どうしよう、熱い。心臓の音、うるさい。

ああ、こんなの、良くないのに。

──私は、金子くんのことが、すきなのに。


さっき辻くんの髪に触れた、右手のひらを見つめる。

私はどうしようもなく泣きたくなりながら、その手でぎゅっと、制服の胸元を握りしめた。
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