炭酸アンチヒーロー
「ッチ、おいっ、待てよ! ……蓮見!!」



舌打ちしたのは、無意識だ。その人物の名前を呼ぶのと同時に伸ばした俺の右手が、彼女の手首を捕らえる。

不可抗力で引っぱられるようなかたちになった蓮見は少しよろけながら、強制的に足を止めることとなった。

一応は立ち止まったものの、やはりこちらを見ようとはしない。うつむきがちに肩を上下させ、あがってしまった息を整えていた。



「……だからそのさ、すぐ逃げたりすんのとかやめろよ。結構傷つく」

「はあ、は……う、あ、ごめんなさい……」

「あとその、すぐ謝るの。素直なのはいいとして、別におまえが悪いわけじゃないような場面でも、ゴメンナサイ言ってんじゃん」

「ごめ、……」



言いかけて、蓮見は押し黙る。

俺は彼女には気づかれないよう、少し深く、息を吐いた。


先ほどフェンスをくぐり抜けた俺が、見つけたもの。それはちょうど帰宅途中だったと思われる、蓮見の姿だった。

向こうも予想外だったのだろう。俺としっかり視線が交わった彼女は、驚いた顔をしていた。

そして次の瞬間なぜか回れ右をし、逃げるようにその場から駆け出したのだ。

さすがに目の前でそんな態度をとられれば、追いかけたくもなる。柄にも無く、必死になってしまった。

曲がりなりにも運動部に所属している男の俺と、帰宅部で体の小さな女である彼女。

体力・体格ともに、差は明らかだ。とうとう俺は、テニスコート脇にある水飲み場のそばで、蓮見を捕らえることに成功した。
< 66 / 159 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop