炭酸アンチヒーロー
・「おまえ、ほんと馬鹿」
沈黙が、湿気の多い室内を包む。
……どうしよう。辻くん、怒った……?
しばらく経っても、視線を床に落とした私の頭上から、言葉が降ってくることはない。
意を決して、手にしていたタオルをぎゅっと握りしめた。
「あの……迷惑かけて、ほんとに、ごめんなさい」
私がそう口にしても、辻くんは無言のままだ。
ああ、どうしよう。本当に、怒らせてしまったのかもしれない。
なぜだかじわりと涙が浮かびそうになってしまうのを、なんとか堪えた。
「えと、私行くね。タオル、明日洗って返すから……本当に、ありがとう」
そう言って軽く会釈してから、くるりと辻くんに背を向ける。
そしてそのまま、ドアノブに手をかけようとした瞬間──私の視界の右上に、日焼けして筋張った逞しい腕が映った。
数瞬遅れて、それは自分の背後から、辻くんがドアに右手をついたのだと理解する。
「え、辻く」
「……蓮見、わかってない」
思いがけずすぐそばから低い声が聞こえて、びくりと肩がはねた。
あたたかい吐息が、雨で湿った自分の髪にかかる。