たった一度のモテ期なら。
「あ、俺、たぶん来月に異動だって」

西山が綾香に答えずみんなに向けて言う。その話は、私も昨日聞いたところ。

「富樫課長にくっついて、ちょっと本社行ってくる」

「行ってくる? 本社に異動なんてあるのか?」

「出向扱いだって。というわけで、こいつに変な虫がつかないようによろしく」

ついでに私のことをさらっと付け加えた。虫って、そんなのいないってば。モテ期はたぶんもう終わったよ。

それ言いたかっただけだろ、いつまでなの、なんの営業? と賑やかにまた話題が進んでいく。

期限は1-2年。グループ本社側に出向するという異例の異動だけれど、富樫課長が連れて行くといえばすんなり通るらしい。

富樫課長が私にアシスタントになればって言ってくれたのは彼なりの冗談だったようで、本当は西山の方を連れて行きたかったとわかった。

それはそうだよね、私が営業について行って役に立つとも思えない。



「結局何者なの、あの人」

「本社系列のプチ御曹司よ。ちなみに奈緒経由の情報ね」

その前から知ってたくせに、綾香は自分の話はしない気だからずるい。ちらりと原ちゃんを窺うと、やっぱりなんとなく落ち込み気味に見える。

励ましたいけれど、私が原ちゃんに構うのすら西山は意外と嫌がるからおとなしくしておいた。


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